内閣府による、”プロジェクト T 報告書 ~「デジタル化」の掛け声だけで、日本の危機は解決しない。 日本の組織を開放し、若者の抜擢と挑戦”

日本のベンチャー業界について調べ物をしてていたところ、プロジェクトTなる報告書を発見。コロナ禍、昨年の10月に発表されています。ジャーナリストの田原 総一朗さん、西村 康稔 経済再生担当大臣、若手政治家、財界の識者がまとめています。

非常に面白い内容で、20年以上、日本・海外のテック企業に投資してきた、ベンチャーキャピタリストとしても、インキュベイトファンドという、VCのファウンダー・オーナーとしても、考えさせられました。これに興味を持つような人ともっと議論してみたいです。

詳しくは、このリンクの資料を見て頂ければ、というところですが、ハイライトを掻い摘ん …


先日、インキュベイトファンドで、Incubate Academyという、大学生向けに、5日間でベンチャーキャピタルという職業を学んでもらうセッションを行った。

その際に、改めて、シリコンバレーのベンチャーキャピタル業界の歴史を改めて調べていたところ、シリコンバレーの歴史について、非常にわかりやすく、当事者も多数登場する、良いドキュメンタリーを見つけたの紹介したいと思います。

今はNetflixをはじめ、良質なドキュメンタリー映画がどんどん産まれる時代。WVTCHというチャンネルの、”Silicon Valley documentary”エピソード1と3。起業家やベンチャーキャピタリスト、それを目指す人はぜひ見てほしい。当事者がリアルで出てくるので臨場感があります。

Silicon Valley documentary EP1

*軍事・冷戦時代とStanford大学の工学・宇宙工学の発展

10分あたり。のちにシリコンバレーの父と言われるStanford大学のFred Terman教授。当時、MITやCaltechに比べるとStanford大学は政府からの資金補助も少なく、研究面で著しく遅れていた。Terman教授は、軍事関連の研究を受けながら、Standford大学の工学・宇宙工学を強化した。Terman教授は、大学での研究を大学の内部で閉じず、世の中の為にドンドン使いなさい、という方針を打ち出し、多くのベンチャー企業が産まれた。1938年に彼の教え子(Bill HewlettとDavid Packard)が作った会社の一つが、Hewlett Packard社である。当時のアメリカの世の中のため、というのは、第二次世界大戦に勝つ、ソビエトとの冷戦に勝つ、ということだった。

Willian Shockleyがシリコンバレーの移住とFairchild Semiconductorの誕生

16分あたり。トランジスタの産みの親で、ノーベル物理賞受賞者のWilliam Shockleyが、母親の住む西海岸に引っ越したことから、軍事中心・真空管での電気・電子技術中心だった今のシリコンバレー地域が、1960年代以降、文字通りの”シリコン”バレーになっていく。

その後のShockley研究所(1956年)→Fairchild Semiconductor(1957年)→Intel(1968年)→有力ベンチャーキャピタルのKPCBやSequoia Capital(1972年)の創業、と同じところで働いていたキーマンが続々と作り出す会社群が、その後のアメリカのテクノロジー業界に、いかに大きな影響を与えたを考えると、いかに彼個人の西海岸への引っ越しが、そして一人の人間の才能が、ここまで社会に大きな影響を作れるかに驚かされる。

18分あたり、Intelを創業し、”ムーアの法則”を提唱するGordon Mooreも生で登場します。FairchildとIntelの設立に関わり、Appleへの創業の投資も行い、のちにベンチャーキャピタルの父と言われる、Arthur Rockも登場。両氏ともに、今は90歳を超えています。Intelの会長を長く勤め、AppleのSteve Jobsの解任時の役員でもあったRock氏。初期のテクノロジー会社に投資し、経営支援を行う、という、今のハンズオンのベンチャーキャピタルスタイルは、彼が産み出したと言われています。

シリコンバレーの多様性への変化

23分あたり。今のシリコンバレーの男性偏重、実力主義の競争文化と当時の女性起業家の話。会えば、スコッチのテイスティング、一緒にゴルフをする、という当時の男性同士のカルチャー。何人か女性起業家や投資家もインタビューに答えていますが、男性偏重のシリコンバレーの文化は、今でも大きく変化していないのだそう。

一方で、”Vision of Progress”を信じて、世界から集まる移民を受け入れるカルチャー。ここはどんどん進んでいる。YahooのJerry Yan氏、GoogleのSergey Brin、TeslaのElon Mask等、多くの起業家がアメリカ外のルーツを持つ。

大学発ベンチャーのお手本となるGoogleの創業ストーリー

36分あたり、Sergey BrinとLarry PageのStanfordの担当教授である、David Cheritonが、 かつて大学の博士課程に在籍経験のあるAndy Bechtolsheim を紹介。彼はその後Sun Micro Systemsを創業して成功していた。

初回のミーティングは30分もなかったが、David教授の自宅で行われた、Googleの初期デモを見て、Andy Bechtolsheimは、これはマネーメイキングマシーンである、と予感し、US$10万ドルのチェックを切ったと話している。

この一連の流れを見て思うことは、David教授が一番に紹介したのが、既にSun Microで起業家で成功していた、Andy Bechtolsheimだったということ。このような成功者が同じ大学の博士課程を出ていて、教授と近い関係であることが、Stanford、シリコンバレーの土壌の強さだと感じる。

Silicon Valley documentary EP3

パソコンの誕生。XeroxのPARC研究所のイノベーションのジレンマとApple社の誕生

11分あたり。1973年XeroxのPARC研究所がAltoを完成させる。現在のパソコンの原型となる、ビットマップ、ポインティングデバイス、レーザプリンティング、イーサネット。これら全て既にコンセプトが既に今から50年近く前に完成していた。しかし、コピー機の販売で絶好調であったXeroxはAltoの事業化には積極的でありませんでした。その後、当時20前半の若者、Apple Computerを創業したばかりのSteve Jobs氏は、1979年にPARC研究所でAltoのデモを見て興奮し、大ヒットとなるApple2の開発につながったと言われています。

シリコンバレーという場所について

41分あたり。Sun Microの共同創業者であり、Khosla Ventureの創業者でもある、Vinod Khoslaは、次のように言っています。

”1000のうち、990が取るに足らない失敗に終わる。しかし、10が残り、永続的に残るグローバルなインパクトになる”

Twitch(Justin.TV)の創業者で、その後車の自動運転のCruise Automation社(GMが買収し、現在はGMの自動運転の中核会社)を創業した、シリアルアントレプレナーKyle Vogtの言葉。

”どんなに難しい、挑戦的なことでも、ここでは数のゲームなんだ。一人の投資家でも一人の買収者でも、自分のビジョンに共感した人を見つけてYesと言ってもらえればいい。そして、ここはリスクをとって、ビジョンを実現したい人が密集している。こんなところは世界のどこにもない”

シリコンバレー。今このコロナの中、GAFAMを中心とした、米国のテック企業の企業価値は益々大きくなり、グローバルな社会に対する影響力は増すばかりです。それが産まれてきた土地。このドキュメンタリーを見ると、戦前から戦後、冷戦、半導体、インターネットの時代を経て、この土地には、何十年と、人的にも経験的にも脈々とつながっており、その根底に受け継がれてきている思想があると感じます。


反省記―ビル・ゲイツとともに成功をつかんだ僕が、ビジネスの“地獄”で学んだこと-西和彦 を読んでの感想

アスキー社の創業者であり、マイクロソフト社の初期の取締役であった西和彦さんの手記。とにかく面白く、1980年代から2000年代に至るまでの、日本の産業の強さと衰退について考えさせられた。

今、Microsoft社、GAFAMの一角で、ビルゲイツ氏、ポールアレン氏に続く、現在US1,620Bドル(約170兆円)の会社のNo.3のポジションに就いていた日本人が、わずか40年前には存在したことが、今では想像すらできない。その後2000年から2014年までCEOを務めるスティーブバルマー氏より先である。

昭和の絶頂期から終盤、平成まで、日本のエレクトロニクス市場を駆け抜けた、第一人者の経験談は、改めて学びが多かった。

私はITバブルの1990年代後半から、ITのベンチャー投資のキャリアをスタートしていて、その頃はまだ、平成も前半戦。日本ブランドも強く、海外の出張に、SONYのカメラ付きのVAIOのノートPC(PCG-C1)を持っていけば、未来感ありすぎですげー、といった体で、シリコンバレーやイスラエルのスタートアップの起業家が羨ましがってくれた記憶があるし、まだまだノートPCはレッツノートだよね、という風潮だった。

当時の私の仕事は、シリコンバレーの投資のスタートアップ、主に半導体や通信機器、そしてビジネスソフトウェア企業を日本で事業展開するような仕事だった。当時はまだ、日本の市場は、海外の進出先としてはプライオリティが高く、NTTやKDDI、そして富士通、NECといった企業と繋ぐことで、非常に価値を感じてもらえた。しかし、当時は既に、共同で一緒に製品を作るパートナーというよりは、顧客や市場として日本企業の価値になっていたように思う。

しかし、西さんの手記を読むと、1980年、90年代は、もっと日本の大手メーカーは強かった。単にシリコンバレーのスタートアップの顧客としての日本企業ではなく、一緒に共同で製品としてのパソコンの仕様を設計していた。マイクロソフト社が作ったBASICを、20代前半の起業家である西さんが、錚々たる大手の日本のパソコンメーカーと交渉し、一緒にパソコンの設計をしていたのである。

1986年、西さんはMicrosoft社、そしてビルゲイツ氏と袂を別れる。当時の西さんは、まさに日本の高度経済成長の代表者でもある、ソニーの盛田さんや京セラの稲盛さん、そして中山素平さんとも親交があり、その薫陶を受けている。日本発世界のモノ作りのベンチャーの創業者がまだバリバリの現役だった時代。

ビルゲイツ氏との別れの原因の一つは、西さんが理想のパソコンを作るために、半導体を自身で作りたい、といったこともあったようだ。

今のスタートアップ、ベンチャー投資の現状を比較すると、当時、良いパソコンを作るために、半導体から作ろう、という発想を持っていた西さんの構想力、そしてそれをサポートした大手日本企業があった、ということが、35年後の今かなり想像しにくい。

35年前と言わずとも、1990年代後半、20年前に自分がベンチャー投資家のキャリアをスタートしたころには、スタートアップで、ソニーの盛田さんの薫陶を直接受けるような機会は少なく、大手メーカーが20代の起業家と一緒に、シリコンバレーの起業家と一緒に、製品を作る、ような雰囲気は失われていたように思う。その頃の日本の大手企業は既に、共同の開発パートナーというより、シリコンバレーのスタートアップの単なる顧客だった。

1985年から2000年くらいの間に、高度経済成長を引っ張ってきた、大手メーカーの創業社長たちの世代交代があり、プラザ合意があり、バブルが弾け、何か、日本の大手企業に何か変化が起きたのだろうと思う。

ビルゲイツ氏と袂を分かれた後の西さん、そしてアスキー社は、その後の日本の高度成長からバブル期、そして衰退を、象徴するかのようである。

マイクロソフト社の着実な事業の隆盛とは対照的に、その後15年かけて多角化して急拡大。上場まで漕ぎ着けたものの、出版に加えて、半導体や衛生通信を手がけたが、事業や一方会社のコアを作ることができずに、最終的に1997年にCSK社に吸収される。

今、私は日本から次世代のソニー、ホンダを作りたい、と思って、ベンチャー投資家としてここ20年やっているが、2000年以降、自分も直接経験しているインターネット時代と、その前の、西さんが活躍して、アスキー社がMicrosoft社に差をつけられた、そして日本の大手企業が強く、そして羨ましがられた、1985年から2000年までの15年の違い、ここを強く感じざるを得ない。

完全に整理はできないが、西さんの当時の構想力、そしてアスキー・マイクロソフトというベンチャー企業に、賛同した当時の日本の大手メーカーの協力体制。それは今は想像しにくいのは事実で、当時は日本の大手メーカーも今と違った勢いがあったのだろうし、戦後を率いた強い創業社長が健在だった時代だと思うし、それをこれから令和でどう巻き直せるのか、そんなことを考える週末になっています。


グローバルのオルタナティブ投資のデータプラットフォームであるPreqin社から、

PREQIN MARKETS IN FOCUS: ”PRIVATE EQUITY & VENTURE CAPITAL IN JAPAN’S TRANSITIONING ECONOMY”というレポートが出ました。

日本のPEファンドとVCファンドの近況やポテンシャルがカバーされています。

私も、レポートの中で、シリコンバレーやアジアの投資環境との比較の点から、日本のテックセクターのスタートアップ・VCの魅力について、書きました。

1. 世界的に高い評価の基礎研究と研究者の存在
2. 厚みの深い B2B/SaaS 市場
3. 政府主導で進む規制緩和
4. コンスタントなエグジット環境
5. 政治・経済的に安定した社会

実際に、この1年程、日本のテックセクターの投資ファンド、日本のVCファンドとして、海外の機関投資家と話をしてきました。

彼らと話をすると、日本の国内のテックのスタートアップ企業やVCが、こんな成長しているなんて知らなかった、もっと業界や市場について勉強したい、もっと教えて欲しい、という声が多いです。情報開示やコミュニケーションの不足を痛感します。

特に、米中の地政学的な要因、コロナの経済的損失の少なさ、マザーズ市場の安定感、といった観点から、中国一辺倒から、日本のテックセクターへの投資を見直している投資家層がいます。

もっと海外の機関投資家に、日本のテックセクターやスタートアップのポテンシャルを伝え、もっと多くの資金を日本のベンチャーに投資をしてもらいたいし、もっと大きなスケールのベンチャーを生み出していきたいですね。

According to the Preqin’s report, ”Indeed, international investors have taken note of the potential value to be unlocked. Japan-focused PEVC assets under management have registered average annual growth of 12% since the end of 2010 — hitting a record high at the end of 2019. Despite COVID-19 headwinds, this trend looks set to continue with fundraising activity accelerating in H1 2020 and on track to top previous years”


a16zのマネージングパートナーのScott Kuporが、VCの構造について解説した本です。

Sand Hill Roadとは、Stanford大学からほど近い、北米の大手VCファームが軒を連ねる、シリコンバレーの大通りの名前です。VC(Venture Capital)は常にわかりにくい存在だと言われますが、その力学や構造について、丁寧に開設された本です。その最新版と言っていいでしょう。これからVCを学びたい人、基礎から網羅的にVCの構造を知りたい人にお勧めです。

GP(General Partner)とは何か、LP(Limited Partner)とは何か、といったVCファンドの構造、VCのリターン の仕組み、投資契約、取締役の構成や留意点等、基本的なことは全て抑えてあるのですが、今回は、自分が気になった数字の部分切り出してみました。

(USのVCが産み出してきた経済インパクト)

*2015年のスタンフォード大学とブリティッシュコロンビア大学の研究によると、1974年以降、USの全IPOの42%にVCが投資して関わっている(VC backedの企業)

*全てのUSの全R&D予算の85%は、これらのVC backedの企業による寄与となっている

*1974年以降の作り出された全株式価値の63%はこれらのVC backedの会社が作り出している

*2010年のKauffman Foundationの調査によると、1977年以降、2000–2500万人の雇用が創出されているが、それらのほとんどにVC backedの会社が関わっている

(GAFAの歴史)

*2000年のバブルの頃、Cisco社が1兆ドル企業になる1番目の会社、と言われていたが、当時Cisco社は5,550億ドル止まり。それから20年近い歳月を経て、2018年にAmazon社が初めての1兆ドル企業となった。2000年当時Amazon社は300億ドルの企業だった。

(VCのリターンについて)

*VC業界全体のリターンは、Power law curve、冪乗則(べきじょうそく)に沿って、リターンが分布する。つまり、ほんの一握りのトップVCにリターンの殆どが集中して分配される、ということである。これは、通常の投資でイメージする、確率変数をベースにした正規分布とは大きく結果が異なる。冪乗則に則る以上、VCファンドへの投資・出資は、多くのファンドに分散させるのではなく、一部の成功しているファンドのみへ投資へ投資するのが合理的となる。

*成功しているVCファンドのリターンの構成としては、50%が失敗、20–30%が数倍、10–20%が10倍以上のホームラン、という分布となる

*Yale大学基金の運用は、VCファンドへ積極的で有名であるが、過去20年間、年間平均77%のIRRを出し続けている

(最近のIPOの傾向について)

*かつては、平均7年で上場していたUSのスタートアップも、今は未公開期間を長くする傾向故に10年以上かかるようになった

*スタートアップの未公開でいる期間が長くなることで、上場後の投資のリターンの期待値は昔ほどではなくなっている。例えば、Microsoft社は、1986年に3億5000万ドルで上場した。現在は、8,000億ドル企業。24年で2,200倍になっている。一方、Facebookは、2014年に1,000億ドルで上場し、現在は4,000億ドル。6年で4倍。

(VCの取締役としての役割)

ここは非常に大事なところで、取締役の構成、社外取締役としてのVCの役割や振る舞いについて、詳しく章が割かれていいます。

以下、一文を挙げておきますが、ここは取締役としてのVCの振る舞いとして大事なところです。

”The board’s mechanism to “ run ” the company is to evaluate the CEO and coach , or ultimately fire , her if they don’t like the way the company is being run ; it is not to interfere with the CEO’s ability to manage her team directly nor to dictate a particular product strategy”


GMOペイメントゲートウェイの本日(2020年5月25日)の時価総額は9,168億円。その取締役副社長の村松さんの記事。

村松さんは私がジャフコに新卒で入社した時の同じ海外チームの先輩で、もう20年以上の付き合いになる人である。 大学の時に内定をもらった後、どこかの中華料理屋で初めて会って以来、尊敬の念を欠かしたことはない。

彼が決済関連の会社を起業して程なくにITバブルが弾けた。

”早い話が当社も固定費を3分の1にしなければならなくなった。前途洋々のビジョンを語って集めた社員を突然苦境に陥れることになった”

”「株主リターン」「上場」という言葉は棚上げした”

”10名足らずのメンバーで2年間耐える中、顧客の解約率が創業以来の低い数字になった。トンネルの出口が見えた。不況のどん底から売り上げが4倍になっていた。黒字化した瞬間は今でも忘れない”

いつ会っても快活な村松さんなので、苦境は知りながらも、外から事業の話を伺う程度であったが、10名で2年耐えて、自力で黒字化させた先に、20年後、1兆円に手が届く企業が生まれつつあることに、ベンチャー経営の奥の深さと希望が見えるような気がする。

と、あまり普段書かないラブレターを書いてみました。

https://www.nikkei.com/article/DGXKZO59400100R20C20A5XY0000/


NVCA(全米ベンチャーキャピタル協会)の最新のレポート。

コロナ禍のベンチャー投資の現状のデータがまとまっています。北米と日本は違いますが、傾向としては参考になります。

*北米のVCのDry Power(投資余力)は、過去最大の水準にある。一方で2018年、2019年での投資ポジションも過去最大であり、直近5年で約2倍になっている。

*直近のファンドの大型化に伴い、フォローオン投資への予算も過去最大水準にあり、多くのVCがフォローオン投資予算を過去にない規模で用意できている。これも直近5年で約2倍になっている。つまり、投資余力は多くの場合、VCの既存投資先の追加投資に使われていくケースが多いだろう。

*世界的にみて、直近5年間はCVC(コーポレートVC)が世界的に見ても、大きく存在感を増し、躍進した。投資件数ベースでみると、案件の46%にCVCが関与している。同時に、Sovereign Fund(政府系ファンド)も立ち上がってきている。

*リーマンショック時を見てみると、投資の案件ベースでは、意外とCVCの投資額の落ち込みは少なく、マーケットと連動性の高いPEファンドや資産運用会社の落ち込みが大きい。

*リーマンショック時はM&AやIPOのエグジットは2010年から回復基調にある。

*金額ベースでのエグジットのデータもあるが、2012年と2019年に大きなピークがあり、景気との相関はあまりないように見える。

https://nvca.org/wp-content/uploads/2020/04/Startup-Ecosystem-Faces-Capital-Crunch-over-Coming-Months-5.pdf


コロナで自粛を始めて2ヶ月余り。外に自由にでれず、なかなか憂鬱な日々が続きますね。

自分のことはともかく、投資先も、リモートワークやクラウドサービス等、うまくコロナを機会として生かしている会社ももちろんありますが、飲食、アミュージュメント、インバウンド関連の事業をやっている会社は、ダメージを受けている会社もあります。各社経営者は打つべき手は打っていますが、それでも先行き不透明なことは変わりません。

その中でも、自分自身が投資家として、常に正しい意思決定と支援ができるよう、自分の気持ちをニュートラルにおく、ということも重要視します。ポジティブにもネガティブにもなり過ぎないよう、毎朝を迎えるように努めています。

ということで、毎朝、自分を奮い立たせる音楽を挙げてみます。ロジックでなく感情面でも栄養が必要です。皆さんの気持ちを上げる音楽も知りたいですね。

*This is me

ミュージカル”The Greatest Showman”からの歌。社会で評価されずにバカにされてきた、そんな境遇の人たちが、奮い立つシーンです。映画・ミュージカル本編もあるが、個人的にはリハーサルのYoutubeも好きです。気持ちが入っていて魂を揺さぶられる。あー、やる気がしないな、という朝も、”Look out cause here I come, Marchin’ on to the bear I drum〜”と、この歌を聞くことで、俺は俺なんだー!、自分らしく生きるぞー、という気持ちが昂ってきます。

*Do you hear the people sing

これのミュージカルの”Les Misérablesのエンディング曲。フランス革命時に、自由を求めて、民衆が立ち向かう時の歌になります。

”When the beating of your heart, Echoes the beating of the drums
There is a life about to start when tomorrow comes”

去年から今年にかけて香港で行われた民主化運動でもデモ隊によって歌が歌われました(昨年11月に私も投資家のイベントで香港で現場をみました)。今コロナな中、敵は政府ではないですが、制限された生活からの自由を勝ち取りたく、歌いたくなります。

*ロンドンシアターバージョン

日本語のミュージカルスターバージョン


コロナでのStay Homeが世界的に続く中、推薦図書を列挙しあうキャンペーンが盛んになっている。同僚からキャンペーンが回ってきたので、自分も改めて、自分の好きな、自分の人生を形作っていると思われる本を7冊挙げてみる。コロナで厳しい今こそ、考える指針が大事でないかと思っています。

*後世への最大遺物

人生 、どう生きたいのか、的な問い。自分にとっては、なぜ起業家やベンチャーキャピタリストとして生きたいのかを、考えさせてくれる本。遺すというのは、お金なのか、事業なのか、人の生き様なのか。内村鑑三は宗教家ですが、100年以上前のアメリカの 起業家や事業家への言及が多くて面白い。また名も知らぬ事業者の話も。起業家・経営者にとっても、どんな会社を作っていきたいのか、の示唆となる。彼の「代表的日本人」も大学時代から何回も読み返している本。

*The venturesome Economy

Venturesome economyという言葉は、供給者側である、製品やサービスの作り手ではなく、需要者側のユーザ(企業も含む)や消費者が、アーリーアダプターとなり、双方が実験的・冒険的なリスクをとることによって、イノベーションが生まれていく、という考え方。革新が生まれ続ける社会とは、両者がうまく回転して初めて生まれる、というコンセプトは、どこに日本のどこに産業が生まれやすいのか、日本のベンチャーエコシステムを考える上で、自分の指針ととなっています。日本はコンシューマイノベーションに関してはVenturesomeだと思うが、ビジネスイノベーションにおいては、そうではない部分も大きい(ここが良くなれば本当に日本は強くなるでしょう)

*Creative Capital

VCの父のGeorges Doriotの伝記。ベンチャーキャピタリストを目指す人は必読の書と言ってもいいでしょう。第二次世界大戦後、ハーバード大学の教授が、世界で初めてのベンチャーキャピタル、American Research and Development社を作る。今活躍するSequoia Capial等のVC ファームやVCファンドの仕組みは、彼の成功と失敗の経験を元に作られていることがわかります。彼は欧州を代表するビジネススクールINSEADの創業者でもあります。ベンチャーキャピタリストの祖は、単なるファンドマネージャーではなく、起業家でもあり、大学教授でもあり、 ビジネススクールの創始者でもあった。こんな人になりたいですね。

*天平の甍

コロナの苦境の中でこそ、報われるかわからない努力と信念を貫く、ということを教えられる本。とかく、リスクリターン、コストメリットが当たり前の世の中でなのですが、遣唐使の時代、報われるかわからない努力と信念に対して、ここまでリスクをとって挑戦した日本人・中国人が1000年以上前の世界にはいた、という話。中国の名僧の鑑真だけではなく、日本の僧侶達が、文字通り命をかけて、本物の仏教を日本に持ち帰り、人生をかけて真理を追求しようとする。1回漂流すると何年も元の場所に戻れない。全く成功は保証されていない。それでも自分の中の哲学と考えを持ち、日本に本場の仏教を持ち込もうとする信念が1000年以上の時を超えて、ビビッドに伝わる。自分自身、ベンチャーキャピタルという事業を、そこまで信念と努力を持って取り組めているのか、考えさせられる。

*フランクリン自伝

イーロンマスクも尊敬する人物として挙げる、アメリカの政治家、科学者、事業家。とにかく、人生快活に生きる、生まれてきた機会と時間をフルに生かし、実践的に生きるとはどういうことかを、教えられる。一生一度だと思うと、人間かくありたい、と強く憧れる。思うに当時の新聞・印刷業は、そのメディアとしての力、自由に発信する媒体を複数作れる、という点において、現代のSNSやインターネット事業のようなものではなかったのだろうと推測します。フランクリンは、事業家として常に新聞・印刷技術を使いながら、そのメディア事業で培った、発信力を起点に、科学研究の推進、政治活動、そして社会改革にしかけ、大きな結果を残した人に見えます。

*ゲーテとの対話

晩年のゲーテが人生や仕事について、交友について、弟子のエッカーマンに語った対話。人間を学ぶ格言に溢れる本。演劇や舞台演出家は、人間観察に本当に優れている人がいるんだと感嘆します。私は特に、成果を出すためには、こう考える方がいいよ、といった部分からの学びが多かったです。対話形式が良いのか、人間というものがどんなものか、ゲーテの観察眼で語られる言葉が面白い。実際に直接話を聞いているような気分になる。全く門外漢ですが、もしVCを引退するならば、演劇についてもっと勉強したいと思っている。


CEOであるBrian Cheskyのメッセージ

世の中思い通りにいかない、予想もしなかった外的要因により、経営が急速に傾くこともある。解雇を言い渡さないといけない社員、残ってもらう社員に、どうメッセージを伝えるか。現状を認めたくない気持ち、怒り、不安の中、トップがどう振舞うのかの苦悩と真摯な気持ちが感じられる。

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冒頭はこう始まる。

”Each time we’ve talked, I’ve shared good news and bad news, but today I have to share some very sad news”

いつも我々は議論し、私はいいニュー …

Masahiko Honma 本間真彦

Founder and General Partner of Incubate Fund インキュベイトファンド 代表パートナー www.incubatefund.com 過去ブログは→ www.corepeople.jp

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