オリンピック開催まで30日を切りました。ようやく開催が決まったようであり、無観客でなく、どこまで観客を入れるのか、というに入ってきた。この2〜3週間で急速に開催に向けて動き出した感じがしている。だけど、この間までは、オリンピックをやるのかやらないのか、一般社会感覚では、わからない感じに見えた。結局、何が理由かわからないが、急速に開催に動いたことや、結果、誰がどのようなプロセスで意思決定したのかわからない、ということが不思議な感じがする。なぜ開催するかしないか、という大方針が前もって決まらないのか。このような形で大方針がギリギリに決まると、選手ももちろんのこと、準備する方も大変すぎるのではないだろうか。

本当に大きな意思決定が、自分たちの考え方や方針で決まるのではなく、今回はIOCなのか、スポンサーなのか、選挙なのか、世論なのか、主体がわかりにくく、空気的なものか、自分主体ではなく相手のリアクション次第で事象の方向が決まってしまう流れ。最後のピースがどの方向にハマるのか、皆ギリギリまで分からず、相手の出方によって、そのピースのはまる角度で方向が決まってしまうことが起きているような気がする。

もちろん、色々な利害関係者がいれば、調整に時間がかかるのは当たり前であるので、重要な意思決定は、各所調整が必要。例えば、医療崩壊の防止と経済を回すことや、オリンピックを行うというのは、相反する目的なのだから、それを調整するのに時間がかかるのは当たり前ではある。しかしながら、このコロナの緊急事態の中、日本以外で開催されたとしたら、開催するか開催しないか、もっと早く意思決定できた国は多かったのではないだろうか。

日本社会の特質に起因するような気もしていて、日本で過去に、大事な意思決定がギリギリまで保留されたことがあったのか考えてみると、過去、日中戦争やアメリカへの開戦の経緯を見ても、かなりギリギリまで決まらなかった経緯があったように思う。

少し前に、Amazon Primeで昔の映画 “激動の昭和史 軍閥”(古いw)を観る機会があった。

1970年、戦後35年経ってからの映画である。戦後を冷静に振り返ることができる時期にできた映画であろう。ここでは、昭和初期から太平洋戦争に至るまで、陸軍、海軍、外務大臣、内閣総理大臣が、それぞれの立場で意見を主張する様子がビビッドに描かれている。

その様子から見て取れるのは、今の日本で同じことが起きそうだなあ、と感じざるを得ない、陸海軍、政府要人の各組織のトップ同志の会議の様子、やりとりです。

米国へ開戦するか否か、という国家を揺るがす大きな意思決定が、本当にギリギリまで決まらない。1940年1月 日米通商航海条約失効後、1941年8月のアメリカの石油輸出全面禁止に至ります。それから、海軍が本気で勝つ気があると言ってくれるなら、ギリギリで日米首脳会談が成立したら、米国の回答がいつ迄に出たら、と、1941年の10月になっても、11月末日になっても、決まりません。そして12月8日の開戦に突入します。映画を見る限り(本当にそうであったなら)、陸海軍、政府要人の意思決定当事者は、11月の末日でも最後の最後まで戦争をやるかやらないか、どっちに転ぶかわからなかったように見えます。

こじつけて考えるのいけないとは思いながらも、今回のオリンピックがいよいよ開催される、という決定が、IOCが、スポンサーが、医療体制崩壊が、と難しい調整が迫られる中ではあるものの、このようにギリギリで、調整と世論、空気感で決まったようではなく、国として、主催国として、前もって、こういう考え方だからこういう形で開催しますよ、スポンサーへの賠償責任もあるかもしれなせんが、このコロナという未曾有の世界的危機なので、延期や中止をさせてもらいたい、と主催国として言えたら、もっと誇りを持てたのだろうと思います。哲学を持った社会でありたいですね。

Masahiko Honma 本間真彦

Founder and General Partner of Incubate Fund インキュベイトファンド 代表パートナー www.incubatefund.com 過去ブログは→ https://corepeople.typepad.jp/

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